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2007年2月16日 (金)

ラバウルのリホトホーヘン

私は歴史小説のなかで、戦記物もかなり読みますが、印象に残った戦闘機のりで笹井醇一中尉がいます。

みなさんは、太平洋戦争時に、ラバウルのリヒトホーヘンの異名をとった笹井醇一中尉(戦死2階級特進で少佐)をご存知でしょうか?戦記物、ゼロ戦ものに詳しい方はご存知だと思いますが、開戦直前に台南空に配属されて、ガダルカナル上空で戦死した昭和17年8月26日までの、実質9ヶ月弱の活躍で、これほど名を成した戦闘機乗りは他に類を見ないでしょう。


台南空に配属されたときに、「大空のサムライ」などで有名な撃墜王坂井三郎氏がおり、その著書などでも、西沢広義などと共によく名前がでてきます。短期間で、最前線のラバウルでエースとまで言われた人物ですので、まさに天才的な素質を、連日の厳しい訓練で鍛えたからこそ誕生したんでしょうね。リホトホーヘンとは、第一次世界大戦時に、活躍したドイツの撃墜王で、真っ赤な翼の3枚羽の戦闘機でレッドバロンといわれた人物ですが、最後は戦死していますが、撃墜数が82機だったそうです。笹井中尉は、公認撃墜数は、27機ですが、本人はリヒトホーヘンの記録の少し手前まできていたと思っていたそうです。


笹井中尉が戦死したガダルカナルは、その直前に坂井三郎氏が、被弾して負傷し内地に帰還したところで、ラバウルより、約560カイリ、日本の戦闘機がいまだ経験したことのない距離を飛んでの空戦、それもずっと海の上、通常の神経では到底かなわない距離ですよね。当時の日本の最前線のパイロットの技術、体力、精神力は並大抵のものではなかったでしょうね。本当に感心します。

 

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